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私のお気に入り 其の五
音による神の臨在「マタイ受難曲」
The Presence of God through Music
"Matthäus-Passion"
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Johann Sebastian Bach
MATTHÄUS-PASSION, BWV 244
Karl Richter, dir.
Recording: Herkulessaal, Munchen, 6-8/1958
J.S.バッハ:マタイ受難曲 BWV.244
ミュンヘン少年合唱団
ミュンヘン・バッハ管弦楽団&合唱団
指揮:カール・リヒター
録音時期:1958年6月~8月
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今から二十数年前、まだ「神」というものを全く感じることができなかったころに
「何かわからないけどとにかくものすごいものを発している」と感じて手に取ったCDが
カール・リヒター指揮のJ.S.バッハのマタイ受難曲、1958年録音版でした。
当時は臨死体験により「音を超えた音」を捉えるようになってから一年くらい経ち
大学を卒業して間もなくの頃で、どん底から這い上がって生き始めていた時期でした。
バッハの音楽はもちろん聴いていましたが、
無伴奏チェロやヴァイオリンの組曲、ゴールドベルグ変奏曲などの室内楽を好んでいた頃で、
輸入盤のCDジャケットに書いてあるPASSION(受難曲)がなんなのかもわからないまま聴き始めました。
この曲はそれまで私が聴いていた音楽とは全く違いました。
自分よりも高い次元のことは
「すごいことはわかるけどどれくらいすごいかの区別はつかない」
のです。
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この文章を書いている時点で言うならば、
神の子として13次元を現出したイエスの受難を
使徒であるマタイ視点で描いた福音書をもとにすることで
「神」 ~「神の子・神人」~「(自身が神の子であることを認識していない)人」
というつながり・対象ができます。
その対象をJ.S.バッハが音楽として創造し、
3~7次元が完璧な作品となっています。
(ヨハネ受難曲ももちろん凄まじいです。)
そして最終的な出力である指揮のカール・リヒターが
精密に現出したものがこの1958年録音版だと思います。
ちなみにバッハは私にとって最も好きな音楽家の一人で、
「神と人」を音で完全につなげた人類史上屈指の天才であると思います。
西洋音楽(と一括りにはもちろんできませんが)においてバッハが亡くなった1750年以降は
どんどん「人間のための音楽」の方向に進み続け、ここ数十年はほとんどが「商品のための音楽」となっています。
バッハとそれ以前は
「神への捧げもの」「神を対象とした創造物」「天界・神界を現出するもの」としての音楽が
当たり前に存在していたと感じます。
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意図や対象、理念、「おもい」の大切さを切に感じている日々なのですが、
イエスと呼ばれるキリスト存在の「人類を救う」意識にとても共感しています。
仏陀(釈迦牟尼)や多くの神人たちのように、
人という種のために命を捧げていた方達のおかげで道が開かれています。
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「私のお気に入り My Havorite Things」のYouTubeのプレイリストでは
34曲目が1958年版、35~36曲目は1971年版の映像です。
ちなみに私はこのブログシリーズを始めるまでネットで動画を観ることがほとんどなく、
今回初めて動いているカール・リヒターを観ました(イメージ通りの人でした)。