初代 『音立日子』を11月11日に終了します。
この度の『超音樂で神仏集合』で音立日子に通されたエネルギーは超強烈で、
その時点ではわかりませんでしたが、3次元の『わたし』の許容量の限界を超えていたとともに、
これで音立日子の役目を果たせたのだと感じています。
公演本番で体現したエネルギーは、この文章を書いている『わたし』がどんなに頑張っても出せるものではなく、
『存在を存在せしめているもの』が『わたし』を通して流れ出たものでした。
これはキリスト者が語る
"I of my own self can do nothing, it is the Father who ever remaineth within me, He does the work.”
『わたしは自分では何もできない。ただ内に常住する父が働きを行う』という真理と同じです。
そしてそれは『わたし』が25年間ずっと望んできたものでした。
公演前から続いていた物質的な数々の困難は10年前の『多次元フェスティバル』のときと重なり、
追体験させられているかのようでした。
2015年8月9日、ベルリンの教会で当時の芸名『ゆび きたす』として13次元現出を行い、
到達感とともに死が近いことを悟りました。
その後、同年11月11日に『音立日子』に改名し、新たな生命を得て、この10年を歩んできました。
この相似は公演直後から頭をよぎっていて、音楽活動をやめること、
『ゆび きたす』の復活なども検討していましたが、冒頭の結論に至りました。
また、昨年くらいから何故か肩書きに半ば冗談のつもりで「初代 音立日子 完全体」としていたのは
今回いったん「初代」として音立日子を終了するための布石だったのかなと感じています。
大阪公演に向けての必死さも、今思えば終わりが近いのを深い部分ではすでに知っていたのだと思います。
今まで 誠にありがとうございました。
追記1:
8月31日でオンラインレッスン・セッションおよび受注生産CDの受付を終了します。
奉納演奏は10月14日が最後となる予定です。
最近オンラインセッションを受けて下さった方は、もともと音楽をエネルギーで聴いていらして、いまでは宇宙意識まで繋がっておられて、そこに音立日子の音楽もお役に立てていたことがわかりとても光栄でした。私とどこかの星由来でご縁がある方でした。
追記2:
8月14日の弁財天奉納演奏にて、弁財天さん達に音立日子の活動と奉納演奏の終了を心の中で告げてから臨みました。
すると、演奏の最後のあたりで弁財天と思われる真ん中の木像から私の胸にエネルギーが入ってきて一体化した感覚がありました。
そもそも奉納演奏を始めたきっかけは左の木像(最近わかったのですがおそらく大山祇命)からのエネルギー注入でしたが、
それが数か月後に終わってからは蝋燭の蠟が異常な溶け方をするくらいで、 弁財天さんからの明確なエネルギー的反応は今回が初めてでした。
これは、5年間の奉納演奏を経て弁財天さんが私のことを認めてくれたという感覚と、
今後はどこで演奏しようと私の中に弁財天さんが常に在るということだと感じています。
その後、帰宅してスタジオで歌ったところ、以前と声が変わったと感じました。
今まで私は自分の声が好きではなくて、理想とは程遠い声と下手な技術がコンプレックスで、
そのせいもあって何百曲も夢で頂いている曲のうちの一割程度しか発表できておりませんでした。
ですが、今回の弁財天さんのエネルギー注入・一体化で、私は自分の声が好きになることができました。
音立日子の活動は終わりに近づいていますが、弁財天のお力は常に内にあり、今後の歩みを共にしてくださると感じています。
残り僅かな期間でなるべくレコーディングをしようと思っております。
追記3:
ブログを読んだ何人かの方からお問い合わせやご質問がありましたので、
一部加筆修正したものを追記させて頂きます。
ご質問:
降りて来る音楽を三次元の世界で表現することは終了するということでしょうか?
回答:
ひとまず(初代)『音立日子』という名前での活動は終了なのですが、
11月11日以降も「わたし」がまだ生きていれば音楽活動はしたいので、
何らかの形で表現したいと個人的には希望しています。
ご質問:役目を果たせたので、今までとは違う方法で活動するということですか?
回答:
はい、そうです。
予想では、たぶん夢かお告げで別の名前が出てくるのではないかと思っています。
11月11日までにそれがわかれば『音立日子』が生きているうちにその能力を新しい名前に移行できるので、
それが一番良いかなと思っております。
ご質問:音さんがそのように決めたのは、上からのお告げがあったのでしょうか?
回答:これはお告げというよりは『切迫した感覚・体感』です。
10年前に『ゆび きたす』という芸名で活動していたときに役目を果たし終わり、
まもなく死ぬと感じていたものとほとんど同じです。
たぶんそうしないとこの地上で『音立日子』と一体化している『わたし』が死ぬ、という感覚です。
それは大阪公演の直後から起きてきた感覚で、私自身が感じるのは当然なのですが、
身近な方やオンライン公演を観てそのように感じた方もいらしたので、実際にそこに向かっているのだと思います。
そもそも10年前のベルリン公演と『ゆび きたす』の終了と
今回の大阪公演と『音立日子』の終了の相関関係から、これらが必然的に起きているとも言えます。
前回との違いは、『音立日子』で会得した能力やエネルギーを(この『わたし』もしくは新たな名前に)受け継いだまま、
音立日子を帰天(終了)させようと思っているところです。
大阪公演直前〜本番は宇宙的な存在や神仏、音立日子の本体(最高次元の私)との繋がりやエネルギー交感がものすごかったので、このまま地球で人間として生きるのは難しいと感じました。
「わたし」の今後の理想は、敬愛しているMurdo Macdonald Bayneさんや山崎弁榮さん達のように
人生そのものを常に神人合一状態で生きることです。
今回のオンライン公演を観た方が、Murdo Macdonald Bayneさんがキリストをオーバーシャドウしている状態(私の設定でいう13次元、100%の私)の描写や山崎弁榮さんの本に書いてある状態と同じことを私の音楽を聴いたときに感じたとおっしゃっていて、私自身では体感はもちろんそうなっていても傍から見てもそのように見えているとは知らなかったので、とても報われた感覚がありました。
ちなみにMurdo Macdonald Bayneさんは私がおそらく最も影響を受けた方で、『おとたま整体』のベースとなっている完全呼吸法も含め、お会いしたことはないものの師匠として20年以上ずっと指針としている方です。



